2005年3月31日

大学病院を出る人たちへ

最後はやはりこれで。

おはよう、諸君。
……あと一時間たらずで、君たち研修医諸君は市中病院へ向かって飛びたち、
史上空前の強敵と交戦する。時を同じくして、各地の大学病院も、日本中の
市中病院に対し同様の攻撃を行う手はずだ。

諸君がまもなく赴く戦いは、本学史上最大の戦いとなるだろう……
そう、開学以来最大の……。
大学……この言葉は、今日、我々全員にとって、新たな意味を持つ。
大学病院に対する今回の暴虐行為に少しでも意味があるのなら、
それは我々職員が共有するものの大きさに気づかせてくれた、
という点につきるだろう。

医局間の無数の差異など瑣末事でしかないことを痛感させ、
共通の利益というものの意味を実感させてくれた。

そしてさらに、歴史の方向を変え、大学病院スタッフであることが
どういうことであるかをも定義しなおしてくれた。

今日この時より、院内の各医局がいかに深く研修医に依存していたかを、
我々は決して忘れることがないだろう。

今日が4月1日、本学が独立行政法人化した日であることに、
私は皮肉を感じずにいられない。

運命のいたずらというべきか、この日は再び、自由への大いなる戦いの
始まりを記念する日になろうとしている。

しかし、今回我々が勝ち取ろうとしているものは、圧制、迫害、弾圧からの自由などよりも、
ずっと基本的なものだ。

奴らは、我々を殲滅しない限り、決して満足しない。
我々は自らの生きる権利、自らの存続を懸けて戦うのだ。
一時間足らずのうちに、諸君らは恐るべき敵に……市中病院に戦いを挑む。

口先だけの約束をするつもりはない。
勝てる見込みがあるという保証は一切できない。
しかし、意義のある戦いがあるとしたら、これこそはその戦いだ。

今、この大学存亡の時にあって、こうして周りを見回してみると……
諸君のような勇者たちに恵まれて、自分はつくづく幸せ者だと思う。
言葉本来の意味で、諸君は真の研修医と呼ばれるにふさわしい。
諸君は出身大学を愛し、医局を守りぬくために自らの才能と技術を差し出し、
命を投げ出す覚悟を固めている。
諸君と共に戦列に立てることを、私は心から誇りに思う。

さあ、諸君、勝とうが負けようが、共に叫ぼうではないか。

我々は決して粛然と闇に消えたりはしない!
抵抗もせずに滅びてたまるものか!
当然の権利を護り抜くため、勇猛果敢に戦い、
最期の時であっても、昂然とこうべを揚げていよう!

そして、もし戦いに勝利したなら……何らかの奇跡により、
一見不可能事に見えるこの戦いに勝ち抜けたなら……
それは想像できる限り最も輝かしい勝利となる。

4月1日は当院だけでなく、地球上のあらゆる大学病院が肩を組み、
こう叫ぶ日となるだろう。

"我々は決して従容と死を受け入れたりはしない!
我々は生き続ける!生き続けてみせる!"
と。
その日こそ、我々は……真の大学病院の勝利を祝うのだ!

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2005年3月30日

ローテーション終了

最初の病院に就職したとき、全てのレジデントは1本のハサミをもらった。

これはCPR用の、患者さんの服を切り裂くためのもの。非常にごっついデザインで、実際のところ何でも切れる。見た目とは逆に値段は安価で、1本500円もしない。

レジデントというものは丈夫で切れ味のいいハサミ。加えて値段も安価。
そんな意味が込められていたのだろう。もともとが外科系の病院なので、こうした象徴は、基本的には外科の道具になる。

研修医期間を終えて、外科のジュニアスタッフに昇格するとき、今度はメッツェンバウム剪刀をもらう。これは外科医が腸管を切り開くときに使う、非常に繊細なもの。切れ味が命。術者の前でメッツェンで絹糸を切ったりしたら非常に怒られる、外科医が命を預ける、そんなハサミ。

丈夫でよく切れるだけの時代は今日で終わり。これからは繊細な思考を持って、自分の力で未来を切り開きなさい。
多分そうした意味だったのだろう。ちなみに婦人科に進んだ奴は、クーパー剪刀をもらう。これは臍帯を切断するのに使うハサミ。

研修医を受け入れる側の感覚としては、研修医は今も昔も単なる道具だ。使い勝手がよく、丈夫でよく切れさえすれば問題は無い。道具は手になじむ。たまにはどうしても相性の悪いものもある。だが、たいていの場合は、何ヶ月か一緒に仕事をすれば、どんな道具でも頼れるものになる。

研修医と単なる道具との大きな違いは、研修医は成長することだ。駆け出しの医者は、何年もかけて修羅場をくぐることで自分の限界を押し上げる。使えなくて怒鳴られてばかりだった研修医が、いつのまにか頼れる医師になり、また大学に戻ってきたりする。

限界を押し上げるにはどうすればいいか?常に限界領域で働きつづけることだ。

限界とは自覚するためにある。決して、超えるためにあるのではない。

忙しい病棟、なまじちょっと使える奴には仕事が集中し、スタッフが皆帰った後には山のような書類仕事が残っている。

もう自分は限界。限界を超えて仕事をこなせないなんて、自分はなんて駄目な奴。自己嫌悪に陥る。
だがこの考えかたは間違っている。自分の仕事量の限界が見えたとき、そこでそれを超えられない自分を責めてはならない。研修医にとって一番大事で、また上級生が一番期待しているのは、研修医が生き延びて成長してくれることだ。

研修医のもっとも大事な仕事は、限界を超えて働いてぶっ倒れることではない。

大事なのは限界に近い仕事量の中で、生き延びる術を見つけることだ。今は目の前の仕事をこなせなくてもあせる必要は無い。残った仕事を見て、上司は研修医をしかるかもしれないが、一時のことだ。

このまま1年、その状況を生き延びれば、来年の自分にはそうした仕事は簡単に出来るようになる。ここで限界を超え、体を壊した研修医は成長することは出来ない。そんな結果は、本人もスタッフも望んでいない。

ではなぜスタッフが過大な仕事を研修医に押し付けるのか?加減がわからないからだ。

書類仕事、カルテ書きといった仕事は面倒くさい。だが、10年も経ってしまうと、そうした仕事はほんの数分で終わってしまう。数十人分ものカルテ書きとはいえ、スタッフが日常診療のメモを書くだけなら15分もあれば十分。同じことを研修医がやると、数時間。あせる必要は無い。数年たって手の抜き方をマスターする頃には、自分達だって研修医に「これ、やっといてね」と無自覚にお願いしているだろう。

ローテーション制度導入になり、スタッフが研修医を把握し始めるとすぐに次のローテーションが始まってしまう。もはやスタッフには、研修医一人一人の限界に合わせた仕事を供給する能力は無い。自分の限界は、自分で探して自分で決定するしかない。

限界が分かったら、つねにその領域で仕事をしつづけることだ。だんだん慣れてくれば、自分が考えていた「限界」というものが、案外そうでもないことに気がつく。

数ヶ月前の自分が限界と思っていた領域が日常になったとき、余裕があればそのあたりに転がっている地雷を踏んでみるといい。どろどろの症例を「私が診ます」と手を上げてみたり、ドツボにはまるとわかりきっている手術に助手として参加してみたり。踏んでみないと地雷の痛みは分からない。そのときは大ダメージだが、一時のことだ。終わってみると結構楽しい。

リスクを恐れて引きこもっていては何も始まらない。
必ず潰れると分かりきっている所に突っ込む必要も無い。


地雷原でダンスを踊ろう。
笑顔を絶やさずに。
足元に注意しながら。
いつか気がついたら、
周囲からベテラン扱いされている自分に驚くだろう。

当科で研修をしてくれた1年生の方々へ。

いままでご苦労様でした。いろいろな部分で、何度も助けてもらい、ありがとうございました。
外の病院にはいろいろな医師がいます。
大部分は自分よりも優れた医師だと信じていますが、残念ながらそうでない人もいます。
ぶん殴られたり、罵倒されたり、自尊心を傷つけられたりするかもしれません。
そんな時、守ってほしいことがあります。
絶対に、自分を責めないで下さい。
ほとんどの場合、間違っているのは相手のほうです。
自分は駄目な奴だと思う前に、必ず大学の誰かに相談してください。
医局の時代は終わった、大学病院はもう落ち目、散々な言われようです。
それでも大学は、医局は、私達は常にあなたがた研修医の味方です。
ここには、大学の同級生も、部活の先輩も大勢います。皆あなたの仲間です。
大学病院、医局という制度は研修医のために存在しています。
決して一人にならないで下さい。
仲間を作り、仲間を助け、仲間とともに次の1年を生き延びてください。
あなたがたの成長に期待しています。


あと、思い当たる研修医へ。

裏切るなよ。

2005年3月29日

google八分

3月半ばになってアクセス数が激減、googleの検索ワードが全く引っかからなくなった。表ページ以下、サイト内においてあるもの全てだめ。

ついに見捨てられたかな、と思っていたら、圏外からのひとこと(分野は全く違うがものすごく勉強になる)のような大手でも同じようなことが生じているらしい。

google検索が生きていた頃は、だいたい3万ページビュー/日程度であったものが、今は半分以下。

最近は、世間を敵に回すような文章はあまり書いていないはずだけれど…。

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電撃戦的治療

疾患の急性期は、対処をしないと患者はどんどん悪くなる。

医師と病気との戦いは、患者さんの体が戦場だ。力強い治療を行えば、より確実に敵を追い出すことが出来るかもしれない。しかし、片端から核爆弾を投下しようものなら、その土地は二度と使い物にならなくなる。

ここでいう「核爆弾」とは、例えば気管内挿管や補助循環といった侵襲的なデバイス、ステロイドや強力な化学療法、ペネム系の抗生物質といった強力な治療など。これらは人体に対する治療効果は大きいが、一方で新たな出血の合併や日和見感染、耐性菌の出現などの副作用も大きい。

医師は「戦場」に対するダメージを最小限に抑えつつ、病気に撤退してもらわなくてはならない。

従来行われてきた戦術は、ピラミッド型アプローチと呼ばれているものが典型的だ。病気の性質をまずはじっくりと見定め、「弱い」薬、作用も少ない代わりに副作用も最小限の薬剤から投与を開始、病勢に応じて徐々に薬を「強い」ものに変えていく。

この方法は確実なものではあるが、欠点も多い。最小限の治療が「当たった」場合はいい。最小限の副作用で患者さんは元気になり、退院できる。

一方で、第一撃が外れたときは悲惨だ。患者さんの状態は時間とともに悪くなる。より強い治療は、それだけ副作用も強くなる(副作用が少なく、強い治療があれば最初からそうするので問題はおきない)。そうした治療を考える頃には患者の状態は悪くなり、そこに副作用の強い治療が加わる。状態が悪いから、せっかくの切り札も期待したほどには効果が出ない。「最初から、この治療をやっておけばよかった…」と後悔することになる。

軽い治療から試す方法論というのは、一見患者さんにやさしいようでいて、実は患者さんにある種のギャンブルを強いている。

電撃戦的な治療というのは、病気との戦いの概念に時間軸を持ち込む。

電撃戦というのは、第二次世界大戦初期にドイツ軍がとった軍事戦術を指す。これは軍隊を迅速に進撃させる事により、敵に防衛線を構築する暇を与えずに戦線を突破する戦法である。

従来の戦争というのは、お互いが塹壕を掘り、将軍の号令の下突撃を繰り返す消耗戦だった。この方法は、物量の多いほうに確実な勝利をもたらすが、多大な犠牲を伴った。

当時の新技術を基礎として、新たに電撃戦という方法が考案された。これには戦車や飛行機といったハイテク兵器の活躍ももちろんだが、大きかったのは通信だ。無線通信の発達により、ドイツ軍は敵が行動を開始する前に戦略目標を破壊し、敵陣深くに侵入することができた。この際、進撃する部隊の側面防御には気を使わず、その分、進撃速度を少しでも上げる。

従来の戦法と最も異なるのは、指揮権の権限委譲である。現場指揮官は、従来の中央集権的な指揮系統に頼るよりも、自らの判断に従うよう奨励された。


副作用も多いが「強い」治療は、患者の体力に予備力が残っている初期ならば、十分に安全に使用できる。病気を「じっくりと見定める」間にも、時間はどんどん過ぎていき、患者の具合は悪くなる。

ならば、その過程を全てスキップしてしまい、その分稼げた患者さんの予備力を「強い」治療に耐えることに使ってしまおう、というのが電撃戦の考えかただ。具体的には患者さんの来院と同時に、そのときの症状からその人に必要と考えられる物量を大まかに予測し、それを入院初期に全て投入する。

例えば、「発熱+呼吸困難」の患者さんの治療を考えてみる。

診断はいろいろ考えられる。肺炎、敗血症全て、ケトアシドーシス、肺塞栓などの可能性もゼロではない。間質性肺炎、膠原病、心不全の可能性も否定できないが、まずはこうした「相手を見定める」思考を止め、考える前に検査をオーダーする。

診断は機械的に行う。何も考えずに血ガス、生化スクリーニング、具合が悪そうならCT。鑑別疾患を考えるのは時間が惜しい。どうせやることは一緒なので、何も考えずに行動する。

結果がそろう前に治療を始める。治療方針は「松」「竹」「梅」の3通り。「呼吸困難+発熱」に対するプロトコールは、あらかじめ考えておく。ゆめゆめ患者さんごとに調整しようなどとは考えてはいけない。考えるひまがあったら、行動する。

松コース:気管内挿管、第3世代セフェムにステロイド、入院はICU。
竹コース:酸素5lマスク、セフェムにマクロライド内服、入院中に必ず赤沈、胸CTをフォローする。
梅コース:酸素なし、抗生物質は元気ならキノロン内服、ご飯も普通に出す。
どの方針でいくにせよ、まず患者さんへの挨拶と同時に、名刺代わりに解熱薬を服用してもらう。

「松竹梅」の決定は、患者さんの症状とバイタル、年齢などから、戦いに必要な物量を推定して決める。「本当は松だろうけど、竹で行ってみようかな…」などと、後ろ向きなことは考えてはいけない。病気側の予想の斜め上を行く気合で、方針を選ぶ。

今までの治療方針が高級レストランの一流シェフのそれなら、これはクソ忙しい定食屋の方針だ。手荒いが、スピードだけは一流シェフに遅れをとることは無い。マニュアル化された定食なら、わずかな訓練で同じものを作れるようになる。技術の再現性が高いなら、若手の医師が実戦で活躍できるようになるのも早くなる。

「検査値」「画像」のような客観的な情報の増加は、現場の研修医とスタッフとの情報交換を円滑にする。「患者さんがおなかを痛がってます」では現場に行かないと何が起きているのか分からないが、「AMY6600です」と報告があればまず膵炎だ。「原因不明の腹痛があったらAMYを含めた生化スクリーニング」とマニュアルに書いておけば、あとは現場が採血してくれる。

マニュアルの発達は、現場の裁量権の拡大につながる。治療全体の流れを定食化することで、現場レベルで対応できることは増える。患者さんの治療はますます早くなり、それだけ病気側に付け入られる隙は減る。

一番問題になるのは、患者さんごとに必要な「物量」をどうやって予想するかという部分だ。

今のところ、このあたりは「適当」あるいは「勘」で決めている。

情報を蓄積すれば、例えば患者さんの年齢、基礎疾患、どこの施設から来たのか、バイタルサイン、体重や栄養状態といったものから症状ごとの重症度をスコア化し、それぞれの重症度ごとに考えやすい鑑別疾患を決定できそうな気がする。

今はまだそんな便利なものは無いので、患者さんの入院初期には、自分の周りはCPRでもおきたような騒ぎになる。

日常臨床の経験を積み重ねていけば、かならず一定のパターンが生まれる。こういった診断チャートの作成こそが、「総合診療」をうたう医師の仕事なのではないかと思うのだが…。誰かえらい先生方、作ってくれないだろうか。

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2005年3月28日

「流し買い」的な診断手法

救急外来などで患者さんを診察するとき、病歴から想像できる全ての鑑別診断を検討していたら、時間がいくらあっても足りなくなる。

患者さんの症状に対応する「全ての」疾患など想像しようものならその数に圧倒され、思考が停止してしまう。鑑別疾患の数は膨大すぎて、どこから手をつけていいのか分からなくなる。何らかの方法で、自分の頭で処理できる程度に問題を小さくしなくてはならない。

よく分からない患者さんを診察して、正しい診断名を当てるのは、一種の賭け事だ。時間とともに患者さんの状態は悪化する。一つ一つ、確実な判断を積み重ねて診断名にたどり着くだけの時間は、医師には与えられていない。

賭け事の流儀にはいろいろある。本命一点掛け、大穴狙いetc..その中で自分が良くやるのが、「流し買い」をする方法だ。

流し買いとは……

ある1頭の馬、あるいは枠を中心に、そこから他の馬(枠)に馬券を買う方法で、例えば1番の馬からなら1-2、1-3、1-4……という買いかた。中心にした馬(枠)から全部の馬(枠)に流し買いをするとき、“総流し"と言う。「穴馬を見つけたら流せ」という格言もあり、大穴馬券をとる秘訣のひとつともいえる。

例えば「急に発症した呼吸困難、熱は37度後半、振戦、呼吸数30回、血圧は90台、血液ガスはpH7.3 PaO2 75 PaCO2 23 BE-5.5 程度の代謝性アシドーシス」の患者さんの診断を考えてみる。

「流す」候補になる症状名は、呼吸困難、発熱、頻呼吸、低血圧、低酸素、代謝性アシドーシスなどが考えつく。この中から、「放置したことで患者さんが死んでしまう」状態を、よりリアルに想像できる症状を中心に考える。自分の中では、一番怖いのは代謝性アシドーシス。

「代謝性アシドーシス流し」で鑑別診断を考えると、思いつくのはこのあたり

ショック、ケトアシドーシス、敗血症、急性腹症、重症肺塞栓、腎不全といったなかから診断名を考えるなら、次に行う検査は血圧/血糖の測定、過去の腎機能の見直しといったものになる。

血糖正常なら、まずはケトアシドーシスは無さそう。ショックといっても消化管出血のヒストリーとは違いすぎるし、過去の腎機能もどうやら正常、重症肺塞栓は否定しきれないが、熱は出ないだろう、などと考えると、どうやら患者さんは敗血症らしいと当たりがつく。

「本命敗血症、対抗肺塞栓」と暫定的に診断したら、今度はその診断で病歴を逆にたどって、矛盾のないことを確かめる。咳や痰、カテーテル類留置の既往があれば敗血症に矛盾は無い。普通に歩いていた患者さんであれば、まず肺塞栓を生じたりはしないだろう。

一方で、例えば寝たきりの人であったり、何か過凝固状態の危険因子があったりしたら、やはり肺塞栓などべつの疾患も否定できなくなる。そうであった場合、この次にやることは決まってくる。とりあえずバイタルを落ちつけたら、病棟で心エコーを取って出来れば胸CTだな、と思考を進める。

病歴と想定疾患との間に矛盾が出たら、今度はべつの症状から流しなおして考える。この患者さんであれば、低酸素流し、ショック流し、呼吸困難流しでそれぞれ鑑別診断を考えることが可能になる。

流し買いは、「本命」がこけると大変なことになるのだが、思考過程が早い。大事なのは少しでも矛盾を感じたら、潔くべつの症状から考え直すことで、そのためにも症状から流せる疾患をパターンで覚えておくことだ。

じっくり考えれば考えるほど、間違った道に入ったときに今までの思考を放り出すのが惜しくなり、泥沼にはまることになる。

症状-鑑別疾患のパターンは、その症状を生じるメジャーな疾患、そしてまれだが見逃すと患者さんが致命的になる疾患のみを頭に入れておく。当然それ以外は全て見逃すことになるが、残るのはまれだが死なない疾患だ。それならば、専門家がきたときにでも「わからない人がいるんですけど…」と尋ねれば十分である。

流し買い的な診断手法は、医師の思考回路のほとんどをマニュアル化できる。頭を使うのは「この患者さんの状態を代表する症状名は何だろう?」という部分で、医師はここだけを訓練すればいい。

パターン化された判断は、医師の思考過程が明文化されているので、他のスタッフとの連携が取りやすい。また、「患者さんを代表する症状名」を抽出する訓練をつむと、他科にその患者さんを紹介する際、その人をプレゼンテーションするのが上手になるというおまけもつく。

唯一大事なのは、こうした考えかたは医師の鑑別診断思考過程を強引に狭め、パターンに押し込んでいくやりかたなのだと自覚していることだ。

「流して」たどり着いた診断名はギャンブル的な要素が大きく、絶対には程遠い。一方で同じパターンで何度も考えているため、医師はしばしば自己暗示に陥ってしまい、間違った診断を捨て去ることが難しくなることがある。

常に自分の頭の中身を疑いつづけなくてはならない。

2005年3月27日

世代間の抗争

刀鍛冶は一生かけて日本刀を作りつづける。目標にするのは鎌倉時代の名匠「正宗」、新撰組が愛用したことで有名な「虎徹」。伝説の域に達した達人の業物だ。

どんなに努力しても、達人の日本刀にはなかなか及ばない。

刀鍛冶は毎日炎と向かい合いながら鎚を振るい、精進する。年季を重ねるごとに腕は上がる。しかし目利きの評価は厳しい。「なかなかいい業物だが、正宗の本物に比べればまだまだ…」。

炎は刀鍛冶の目を焼き、やがてほとんど盲た頃、やっと鍛冶の満足のいく一振りの刀が鍛えられる。
「我、正宗、虎徹の域に達せり…」。刀匠は自分の記録を「秘伝」として後世に残し、出来上がった刀の評価を楽しみにしながら満足げに亡くなっていく。

こうして出来上がった「究極の一振り」の刀は結構多いらしい。たいていはどうしようもない代物で、「秘伝書」にもたいした内容は書かれていないのだそうだ。

刀匠の世界は若手に厳しい。どこまで精進したところで、相手は伝説の中。「正宗」など現物すら残っていない。現存している業物の日本刀にしても、貴重すぎて切れ味の勝負などには使えるわけも無い。

刀匠の作ったものを評価するのは「目利き」の仕事だが、だいたいこうした人たちは、古い製品を高く売りつけることで生計を立てている。「伝説」は「伝説」のままにしたほうが、商品は高く売れる。公平な評価など期待できない。

代わりに評価されるのは、とにかく「古い」ということだ。いつまでたっても最高なのは古典。新人の作品は年季を積むまで評価されることは無く、一方で年寄りの作品は、たいしたことがなくてもやたらと珍重されたりする。

世代間の争いのない業界は進歩が止まる。

日本刀が「実用品」として改良が続けられたのは明治初期まで。鎧の進歩に対抗するために「正宗」が作られ、武士の戦術が斬撃中心から突き中心のスタイルに変化したのに合わせ、「虎徹」が評価されるようになった。

日本刀の進歩はここで止まる。明治以後は武器としての実用性を失い、もはや戦いの趨勢を決めるのは刀の性能ではなくなった。これ以後の日本刀は、装飾品としての価値が珍重されるようになる。

刀鍛冶のその後は2分される。刀鍛冶としての存在意義を「武器を作る」ことにおいていた職人は、刀を作ることを止めて鉄砲を作りはじめた。一方、刀鍛冶の存在意義を「刀を作る」ことにおいていた職人は、迷走を始める。

「いい刀」を作りたいと思っても、刀で戦わなくなった時代のいい刀とは何なのか。目標を失った老人は権威に走る。刀匠が刀を打つ時のスタイルはだんだんと時代がかった華美なものになり、出来上がった刀の価値は「切れ味」におかれなくなる。「精神性」「刀にまつわる伝説」といったものが強調されるようになる。

「やはり焼き入れには○○山の雪解け水を使わないと駄目」
「地金は奈良時代の古釘を使う。粘りがぜんぜん違う」
馬鹿な話だ。目標を誤っている。

どんな分野であっても、「昔はよかった」「あの時代の先生はすばらしかった」などという古典賛美の声が聞かれるようになったら要注意だ。その業界は、進化の袋小路に入り込んでいるかもしれない。

我々の業界でもこうした分野はある。

「昔の医師はどんな疾患でも診察した」
「現代医学は患者に冷たい」
「臓器を診るが患者を診ない」
こうした批判に迎合する形で商売している連中は、労せずして名医になれる。簡単なことだ。善人面してダラダラと外来をやっていれば、長くやっているだけで周囲が勝手に評価してくれる。患者がよくならなければ、「冷たい」大病院へ放り投げればそのまま(どちらが冷たいんだ)。こっちが必死の思いで何とかして、その人の以後の外来フォローを頼もうとすれば、面倒なので拒否。

医師の本来の目的は、「病気が良くなること」だったはずだ。

こうした「古きよき時代の医師」を再生しようとしている人たちは、目的よりもスタイルを追ってしまっている。スタイルを追う医療も、商売として考えるなら「あり」だ。でも自分はそうした方向には追随したくない。

実用性を追求する世界では、世代間の抗争が当たり前のように生じる。現場のニーズはどんどん変わる。変化に追随できない奴は置いていかれる。経験が豊富だから、単に年をとっているからだけでは下から信頼されないし、最悪追い越される。

治療の現場も刻一刻と変化している。今までと同じことをやっていたのでは、もはや増加した患者数をさばき切れない。外来患者数は増加の一途、待ち時間に対するクレーム件数もそれ以上に増えている。現代医療の「実用性」とはスピードだ。

より早い受付、より早い検査、より早い診断と治療。理学所見を取って確定診断へと至る思考過程は、従来どおりやっていたのではベテランには絶対に勝てない。急変を乗り切ってきた数、乏しい検査機材で診断をつけてきた数、実戦経験が違いすぎる。

世代間の闘争は、必然的に医師の思考過程に変化を要求する。ベテランの思考能力を追い越すには、若手側が方法論を変化させるしかない。刀の切れ味が戦を左右することがなくなったとき、この変化をチャンスと見た若手の刀鍛冶が刀を捨て、鉄砲製作に走ったように。

具体的に「どう」変化すればいいのか、自分にはまだ分からない。まだまだベテラン勢から学ばなくてはいけないことは山ほどあるのに、自分も気がついたら「ベテラン」と呼ばれる年齢に近づいている。彼我の距離は縮まらない。

自分が追っているベテランの背中というのが、果たして本当に「実用性」のメタファーなのか、あるいは気がつかないうちに「スタイル」を選択してしまっているのか、それすらもよく分からない。

今はっきりしているのは、このまま勉強を続けても、どう逆立ちしてもベテラン勢の経験の厚みに追いつくことは出来ないということだけ。

10年経っても目標は見えない。まだ目の潰れた刀匠で終わりたくは無い。

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2005年3月24日

ウィルスのぬいぐるみ

アンゴラと国連当局者は22日、アンゴラ北部でマールブルグ・ウイルスに感染したことが原因で96人が死亡したと明らかにした。

マールブルグ・ウイルスは、出血性の熱を呈する「高病原性」かつ「高伝染性」のウイルスで、致死性の高いエボラ出血熱と同じ型。 体液を通じて感染するが、感染はこれまでほとんどなかった。

感染は、死者が出ている北部のウイジェ州から拡大する恐れが出ており、当局者はロイター通信に、「潜伏期間は21日なので、近隣の州や、 特にルアンダで調査を強化する必要がある」と語った。ウイジェ州では、これまでに107人が感染し、96人が死亡している。 このウイルスに対する治療法は、確立していない。


で、エボラウィルス
ebola.jpg
HIV。感染の元凶なのにレッドリボン。
hivdoll.jpg
HCV
hepatitisdoll2.jpg
劇症型溶連菌。ちゃんとナイフとフォーク(人を食べるための)を持っている。
flesheatingdoll.jpg
肺炎球菌
earachedoll.jpg
EBウィルス。Kissing-diseaseの原因だけにまつ毛が長い。
epsteinbarr.jpg
ライノウィルス
rhinovirus.jpg
H. pylori.
helicobacter.jpg
集合写真。
bacteria.jpg
大きさは手に乗るぐらい。
epi.jpg
販売元はここ

2005年3月23日

悪魔のささやき

医師という仕事を始めて何年かたつと、救急外来の研修医からコンサルテーションを受ける機会が増える。

咳が出て発熱している患者さんがいます」というコールに対して、 上級生が行うアクションはだいたい2種類。

上級生A:「じゃあまず病歴を取って診察して。レントゲンは本当に必要?痰のグラム染色した?」
上級生B:「じゃあ、チエナム」。

Aの先生は、ERに降りてきて研修医と一緒に診察してくれる。 その後喀痰のグラム染色。まずは「この患者さんには本当に抗生物質は必要か?」を論じた後、 病歴やグラム染色の結果で抗生物質を選択。この間3時間。

Bの先生は、チエナムの点滴が落ち終わった頃にやってきて、 「じゃあ、経過観察目的で入院しましょう。」と一言。

知恵が無いからチエナム。あらゆる細菌を殺すこの薬は、 「正しい医療」を行っているかどうかの試金石だ。「正しい」医者は、 意地でも使わない。

AとBとの2人の医師。どちらが研修医にとって勉強になるだろう?。

答えはもちろんAだ。研修医10人が10人、まずは上級生Aの元で働くことを考える。 自分を教えてくれた上級生もAのような人たちばかりだった。

では、どちらが患者さんの役に立つ医者なのだろう?

昔はAだと信じていた。Bのような医者は、頭を使わないダメな医者。 患者さんをろくに診察もしないで、検査と治療をいきなり始めるなんて、 使えない医者のステレオタイプだと思ってた。

「正しい医者」は、絶対にそんなことはしない。ちゃんと患者さんの話を聞き、 診察をしてから必要最低限の検査を行う。検査所見がどうだろうと、 信じるのは病歴と理学所見だ。

  • CT?あれは診察も出来ない馬鹿者のための画像診断だ。本当に必要な患者だけ撮ればいい。
  • チエナム?あの薬、漢字では「知恵無」と書くんだよ?そんなの使ってまで、自分に知恵の無いのを公言しなくてもいいんじゃない?
  • CRP?ああ、愚か者の出す検査だね。CRP高値の疾患を全部挙げてごらん?言えないなら、出す必要は無いってことだよ…。

昔はこんなことを習ったし、自分達もそう教えた。 研修医の頃はそれでもよかった。自分達のやっていることは正義の治療。 大学は悪魔の手先の巣窟。上級生は神。神の決断は絶対。

数年たって曲がりなりにも一人立ちするようになり、世界には徐々に問題が増えてくる。

「ちょっと待て。だいたい、自分の理学所見なんて信頼できるのか?

自分の頭の中身に疑問を持つようになると、あれほど蔑視していた 「大学病院の医者」が使う検査機器や治療薬が、なぜか急に使いたくなってくる。

  • 「たぶん筋緊張性頭痛だけど、なんとなく左手の力が弱いような気がするからCT。」
  • 「たぶんウィルス感染症だけど、病歴に湿性咳嗽があったからクラビットも併用しようか…。」

研修医を終えてもやることは同じ。昔の上級生と同じように、 研修医と一緒に理学所見をとり、検体を染めて顕微鏡をのぞく。

ところが、その行為の目的は変化した。

「診断をつけるため」から、CTを撮るため、広域抗生物質を用いる言い訳へ。

「診察をする自分の頭」に対する疑念がますます強まったころ、耳元で悪魔がささやきだした。

不安ならCTをオーダーしなよ。電話一本で確定診断だ。放射線の先生も残ってる。
患者さんもそれを望んでる。今の時間なら、検査室だってガラガラだ。
一緒に生化スクリーニング採血を出せば、検査室のスタッフだって業績が伸びて喜ぶ。
ほら、チーム医療って奴さ。医者がオーダーしなけりゃ何も始まらない。
君が学んできた方法論は古いんだよ。こんな時代だ。やせ我慢するな。楽になれよ。

5年目までは、悪魔に必死に抵抗した。

今までの方法論を守り、一生懸命理学所見をとり、患者さんから得られる最小限の情報を元に、自分の頭を最大限に使って診断名を考えた。一応そこそこ患者さんはついてくれ、外来に来る人は増えた。

午前中に診なくてはいけない患者さんは何十人にもなり、外来が定時に終わらなくなった頃、 自分は考えることを止めた。

悪魔の言うこと」に従うようになると、業務がとたんに楽になった。

検査を出せば、みんなで考えられる。理学所見は一人よがり。 患者さんを病院中引き回すわけには行かない。画像は持ち歩けるし、 コピーも出来る。他のスタッフや、他科の先生の意見を聞いて回るのも簡単。 まさにチーム医療。

治療の決定も簡単になった。

  • 耐性菌増えようが、うちの患者さんには何もおきませんが、何か?
  • 夜中に顕微鏡を眺めながら頭を抱えるのは、もうたくさん。
  • 医療経済?文句は厚生省に言ってくれ。

「患者さんのために医師が頭を使う」という行為は、本当に患者さんのためになっているのだろうか?

検査を増やせば、同じ診断名に行きつくまでの医師の頭の負担は 確実に減る。同じ時間でより多くの仕事が出来る。

負荷が減った頭のパワーは治療までのスピードアップに回す。

肺炎なら病歴をまじめに聞けば、話だけでだいたい診断はつく。診察や画像検査を出す前に、解熱薬(アセト)と経口抗生剤(クラビット)をのんでもらう。検査データが帰ってくる前には、もう治療は始まっている。

「主訴、発熱と咳」で患者さんが来院。抗生剤が始まるまで15分。悪魔に魂売る前は、3時間。この差は、少しは予後に効いてこないか?

自分が研修医になってからずいぶん時間が経つが、「病歴=>理学所見=>必要なら検査=>診断・治療」の流れは一向に変わる様子が無い。

現病歴と診断との組み合わせのパターンは、この数年だけでも膨大な蓄積があるはずだ。

そろそろ、「病歴=>治療=>裏づけのための検査=>サービスのための理学所見(床屋さんだって散髪が終わったら肩をもむ)と説明」という流れが実用的に使えるようにならないだろうか?

こんなことを周囲の同級生に話していたのが数年前。「無理。」「妄想。」といった返事ばかりで相手にされず、そのうち大学病院へ。

来てみたら、大学病院の先生方も病歴と理学所見を重んじ、「大学病院の医者」らしい治療を行う先生などほとんどいない。ここも「正しい人たち」の教えが浸透していた。

一敗地に塗れたからといって、それがどうだというのだ?
すべてが失われたわけではない−−まだ、不撓不屈の意志、
復讐への飽くなき心、永久に癒やすべからざる憎悪の念、
降伏も帰順も知らぬ勇気があるのだ!
敗北を喫しないために、これ以上何が必要だというのか?

今に見ていろ。

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2005年3月21日

コンセプト51

白い巨塔が小説として発表された頃、医師は自信に満ち溢れていた。

患者さんへのムンテラの際、医師は胸をそらし、両手を大きく広げて父権を強調し、「大丈夫。私を信じてください」と話すことで患者さんとの信頼関係を築き上げた。

カリスマをベースにした信頼は強い。もちろん人間同士の相性はあるものの、当時の有名病院の医師の下には「信者」が集まり、そうした医師の威光効果をいや増した。医師と接するだけで患者はその医師を100%信頼し、何があってもその信頼は揺らぐことが無かった。

今は違う。医師は特別な存在ではなくなり、白衣の中身は自分達と同じただの人間にしか過ぎないことなど、誰だって知っている。医師が信仰の対象にならなくなって久しいが、近年ではバッシングのいい的になっている。

現在の医師は腕を組む。患者さんとお話する際、抱擁するかのように広げられていた腕は組まれて壁を作り、医師の背はうなだれる。もはやそこには信仰の対象になるようなカリスマはおらず、疲れた人間がたたずんでいるだけだ。

患者は人間としての医師を全く信用しない。一方で、医学はそんな中でも進歩する。毎日新しい治療が生まれ、治療の選択肢は増えている。徐々に減っているとはいえ、どんな治療手段にも必ず失敗するケースが出てくる。医師-患者の信頼関係は以前以上に欠かせなくなってきている。信頼関係を築き上げる、新しい方法論が必要だ。

コンセプト51とは、人質交渉人が犯人との信頼醸成を行う際の考え方である。

人質交渉人とは、人質事件や誘拐事件が発生した場合に犯人との交渉を行う人物のこと。1970年代は世界各国で人質立てこもり事件が続発、強攻策を取った結果多くの人質が犠牲となっていた。FBIを筆頭に凶悪犯罪者やテロリストに対する交渉術を研究し、ネゴシエーターが交渉を全て担うようになって事件解決率は80%以上になった。

人質が相手の手の内にある以上、交渉に失敗は許されない。交渉人は警察側、犯人とは敵対する側の人間である。交渉人がどんなに魅力的な人間であっても「私を信用してくれ」などと力説したところで、犯人が交渉人を信用するわけが無い。

こうした状況での信頼関係の醸成にはウソやはったりは通用しない。ばれたら人質は殺される。ギャンブルは出来ない。交渉人はとにかく相手の話を聞き、小さな約束を積み重ね、それを必ず守りつづけることで少しずつ信頼関係を作っていく。

犯人の相手への信頼度は、交渉を開始した直後は0%である。これを1%ずつ積み上げていくわけだが、目標とするのは100%ではないという。50%をわずかに超え、51%を目指せと説いている。これがコンセプト51である。

1%を積み重ねて100%の信頼を目指そうとすると、そこにはどうしてもウソやハッタリが必要になる。安請け合いをする恐ろしさ、ウソをつく恐ろしさは失敗を重ねないとなかなか分からない。

「大丈夫ですよ」「必ずよくしますから」といった言葉を安易に発するのは恐ろしい。一方それがいかに恐ろしく、また大変なことなのかは、新人にはなかなか分かってもらえない。

ウソやハッタリを使わない交渉では、相手に事実を積み重ねて分かってもらうしかない。医師を信用していないにもかかわらず、患者は「安心」や「保証」といったものを医師に求めて病院に来る。「大丈夫です」と一言いってしまえばお互い幸せになれる。しかし見逃しや合併症は絶対にゼロには出来ない。

こうした状態で医師に出来ることは、とにかく自分の考えていることを相手に分かってもらうことだ。自分が今どんな病気を念頭においているのか。今後の検査の方針や戦略。失敗の可能性。診断を外したときに今度はどういった対策を考えているのかといったことを、可能な限り分かりやすくプレゼンテーションする。

「医師」というカリスマに対して信頼をもらうのではなく、自分の立てた「戦略」に対して信頼をもらう。

患者さんにとっては、どんなに優れた戦略であっても、究極的には成功するか失敗するか。確率は50%だ。「戦略は分かった。なんとなく勝ち目がありそうだ。」これでやっと信頼度は50%に達する。しかしこの後が難しい。

Aという治療プランでは1年生存率43%、Bというプランでは生存率は56%に上昇しますが、3%の確率で致命的な合併症が生じます。どちらにしますか?
言っていることは間違っていない。正しくインフォームドコンセントだ。しかし正しい情報、分かりやすい戦略を伝えていても、こんな言いかたをしたのでは信頼は50%から49%以下に下がってしまう。

目標を51%に置く方法論では、一番難しいのが最期の1%を積み上げることだという。最後の1%だけは、やはり人間としての医師を信じてもらうことでしか信頼を積み上げられない。

前医の間抜けさ加減を強調する。「大丈夫です」と言い切る。「あなたの病気は非常に危険なものですが、何とかしてみせます」と大見得を切る。1%ではなく、一気に10%も20%もの信頼度を稼ぐ方法はいくらでもある。しかしこうした方法はやはりギャンブルで、現在これをやるのは危険すぎる。

最後の1%は、まず自分から相手への信頼を示し、代わりに相手から1%だけの信頼を得るしかない。

組んだ腕を開き、背を伸ばす姿勢というのは相手への信頼を示すポーズである。この姿勢は父権を強調するとともに、「あなたを信頼している、あなたなら刺されても抵抗はしない」という非言語メッセージを相手に送る。信頼度がまだ50%にしか達していない人の前で、腕を開くのは非常に怖い。犬の喧嘩で、負けたほうが腹を見せるポーズに近いものがある。だがここで相手の誠意を信用しないと、相手は絶対に自分を信じてはくれない。

こんなことを考えながら今もムンテラにいそしむ。7年目頃からようやく、組んだ手を開けるようになった。背中は今でも曲がったまま。まるで土下座だ。今はまだ、このぐらいでちょうどよいのかもしれない。

2005年3月20日

高名の木登り

高名の木登りといひし男、人を掟てて高き木に登せて、梢を切らせしに、いと危く見えしほどは言ふ事もなくて、おるゝ時に、軒たけばかりになりて、「あやまちすな。心して降りよ」と言葉をかけ侍りしを、「かばかりになりては、飛び降るとも降りなん。如何にかく言ふぞ」と申し侍りしかば、「その事に候ふ。目くるめき枝危きほどは、己れが恐れ侍れば申さず。あやまちは安き所になりて、必ず仕る事に候ふ」と言ふ。
弟子は木に登る。高い木だ。みている人は緊張し、息をのむ。登っている本人も緊張している。 木に登ることは慣れている。緊張してはいるものの、集中力は高い。特に注意を向けなくても 体は勝手に動き、自然にバランスも取れる。

木から下りる。そこに枝がある、そこに足を乗せると滑りそうだなどといちいち考えること
なく体は反応する。手は枝をつかみ、足は滑りそうな場所を避ける。

地面が近づいてくる。観衆も安心し、雑談が始まる。弟子も降りながらいろいろなことを考える。

「あの子供が手を振っている。降りたら頭でもなでてやろうか。ここまで来たら、飛び降りたりしてもかっこいいかもしれない。そろそろ疲れてきた。早く下に着いて安心したい。」

よくみると、まるで機械のように正確だった手足の動きは微妙にずれている。先ほどまでの安定感は失われている。表面上は何とかバランスは取れているが、見る人が見れば危なっかしいことが分かる。

師匠が一喝する。

あやまちすな。心して降りよ
師匠に弟子は我に帰り、初心者だった頃の自分の動きを思い出す。

木を降りる動作は緩慢になり、誰が見てもぎこちなくなる。だが弟子は一つ一つの動作を考えて行動している。先ほどまでの安定感、すばやさはなくなったものの、一つ一つの動作は確実なものになっている。弟子は安全に地面に降り、師匠に頭を下げる。

人間が何かの作業をするとき、その行動様式は知識ベース、ルールベース、パニックの3つのパターンを取る。

知識ベースの行動
初心者の行動パターン。何をやるにしても自分の知識を総動員して対処方法を考え、それから行動する。周囲からの情報を全て処理してから行動に移すので、動作は緩慢になる。

情報処理から行動までの時間は長くかかる。頭への負荷も高く、他のことを考える余裕はない。一方でこの行動パターンには、どんな状況にも対処できる柔軟さがある。

ルールベースの行動
新しい状況に慣れてくると、その特徴を学ぶ。それを元に、今まで学んだ中から対処の方法を選択して行動する。さらに慣れてくると、頭で考えることなく体が勝手に動くようになる。

熱があってのどが痛ければ、頭髪の診察から直腸診までしなくても咽頭炎の診断はつく。
周囲の状況など見なくても、前の車のブレーキランプがつくのを見たら、自分もブレーキを踏んだ方が安全だ。

ルールベースの行動パターンは時間がかからず、すばやい。また行動がパターン化されるため、一つ一つの動作に習熟すると正確さも増す。頭への負荷は低い。何かの作業中にも他のことをする余裕が出来る。しかしすべての物事をパターンで処理するため、柔軟さに欠ける。

パニック
地誌ベースの行動様式、ルールベースの行動様式いずれも破綻してしまう。もはや何も考えられない。全ての行動は裏目に出てしまい、状況は破壊的になることすらある。

行動様式は状況に応じて選択される
行動の様式は、外部の状況や仕事への集中の度合いに合わせて選択される。

人は、初めて行うものについては知識ベースで行動し、慣れている仕事、急いでいたり、作業に集中しているときなどはルールベースで行動する。

この2つの行動様式には中間の状態が存在する。ルールベースの行動様式は、頭への負荷が少ない。負担が減った頭は、その余力を周囲の状況を見渡すのに用いたり、あるいは仕事とは全く無関係な行動に費やしたりする。

モード 知識ベース<===>遷移状態<===>ルールベース
緊急性 時間がある<===>少し忙しい<===>忙しい
集中力 集中<======>注意散漫<======>集中

一番危険なのは中間の遷移状態だ。たとえパニック状態にならなくとも、知識ベースとルールベースの2つの行動様式が入り混じっている状況はミスを生む。携帯電話をかけながらの車の運転、全く別の考え事をしながらの手術はいつか事故になる。

ルールベースで行動するには、作業の対象を正しく認識することが必須になる。

集中していない遷移状態では、作業対象を認識するという仕事は、例えば「携帯電話の会話」という仕事にとられてしまう。頭は対象の認識に失敗する。手足はなれた動作を繰り返し、非常に正確な作業を行っている。それでも作業の結果としてミスが生じる。

師匠の声かけ、外部からのさまざまな情報提供などといった刺激は、行動のモードを知識ベース側に1コマだけずらす働きがある。

師匠のタイミングのいい声かけは、知識とルールとの遷移状態にあった弟子の頭を、知識ベース中心の行動パターンへと移行させる。

モード 知識ベース<===遷移状態
集中力 集中<======注意散漫
結果として頭は危険な動作領域から脱出でき、弟子は安全に地上に降り立つ。

一方、集中して仕事を行っている人に声をかけると、ルールベースで行動していた頭に遷移状態を引き起こす。

モード 遷移状態<===ルールベース
集中力 注意散漫<======集中

たとえば急変中の血圧が下がったという情報、「脈拍が速すぎますがどうしますか?」といった質問は術者の手元を狂わせる。

何かの対処を考えるという作業は、頭のパワーを喰う。ルールの制御に回すCPUパワーは減らされてしまい、結果としてそこにミスが生じうる。

CPU負荷の少ない情報の入れ方とはどういうものか?質問ではなく、対処の提案を行えばよい。何も無いところから対処方法をひねり出すのは大変だが、他人のアイデアをあれこれ批判するのはまだ頭への負荷が少ない。結果としてルールベースで動いている手先の制御を手放す危険が少なくなり、ミスをせずに急変の現場を乗り切る可能性がより高まる。

アイデアを提供するということは、CPU負荷の多い仕事をこなすために、複数のCPUを投入する行為に等しい。急変中に、周囲のドクターから冷静なアイデアをもらうのはありがたい。

マルチタスク型の人間
こうした気遣いが全く不必要な人間が存在する。

自分の場合、上記のように頭は同時にひとつの状態しか取れない。頭は常に、複数の行動様式を行ったり来たりを繰り返している。一方そうではなく「マルチタスク型の脳」とでも言えばいいのか、知識ベースの仕事をこなしながら、同時に手と目はルールベースでずっと動かすことができる人がいる。

こうした人は集中力を要する仕事をしながらでも平気で雑談を続ける。全くといっていいほどミスや油断が無い。口は確かに雑談を続け、患者さんとは全く無関係なおしゃべりをしたりしているにもかかわらず、手はしっかりと制御されている。仕事は速く、パニックとも無縁。どうなったらこうなれるんだ。

急変に強くなりたい、仕事が速くできるようになりたいと思う一心で、自分はこの10年ひたすらに行動ルールのライブラリーを頭の中に作りつづけてきた。持っているルールが増えるほど、ルールベースで行動できる範囲は増え、仕事は速くなる。一方でルールを呼び出すことは年々大変になる。ルール制御のオーバーヘッドは年々高まり、スピードアップに上限が出現し始めている。何かに似ている。Win98系の末期の状態だ。

シングルタスク、疑似マルチタスク型のOSの代表がWin98であるが、このOSのスピードアップと動作の確実性を目指した改良に限界がきたとき、マイクロソフトはWinNT系のマルチタスク型のOSを発表した。

自分の陥っている状況も、Win98系の末期の状態を見ているようで、時々非常に不安になる。このまま修行を続けることで、自分の頭もいつかはマルチタスク型の思考が出きるようになるのか、そうしたOS部分の問題は、そもそも研修した病院の初期研修のやり方によって決まるのか。

OSの違いこそが、医師としての才能の違いなのだというのが最終的な答えなのだとしたら、それはそれで非常に悲しい…○| ̄|_

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2005年3月18日

悪意の元気玉

人事異動のシーズンである。病棟の顔ぶれは一新し、なじんだ顔の研修医もいなくなり、新人が入ってくる。

勢い、この時期の上級生の話題は、新しく入ってきた研修医の話題が増えてくる。

どこの医局も、上級生の数は数人、多くても10人を大幅に越えることは無い。喧嘩などしたら雰囲気が持たないので、どこの医局でも、上級生同士の仲はいい。

この時期、いろいろな個性の新入生が入ってくる。このとき、上級生部屋で誰とも無く「○○君って、ちょっと社会を舐めてるよね…」といった話題を振る。誰がなんと言おうと、他人の陰口は楽しい。「○○君」に関する話題と悪意が集まり始める。最初に話題を振った奴の頭上に、元気玉が生まれる。

病棟の皆、オラに悪意を分けてくれ!!

GENKIDAMA.jpg

元気玉とは、漫画「ドラゴンボール」内にて、悟空が草や木、人間や動物、はては物や大気に至るまでのあらゆるエネルギー(気)を少しずつわけてもらい、それを集合して放つ技です。結構最終手段的に使われることが多いようです。

元気玉は上級生の悪意のエネルギーを吸収して大きくなる。こいつがあると、部屋の空気が明るくなる。話題は弾み、上級生部屋は盛り上がる。同時に、みんなの悪意を吸った玉は、ますます大きくなってくる。

この玉は、小さなうちは作った奴にしか見えない。実際に作って何個か投げてみると分かるのだが、小さな元気玉は制御が楽で、自分の好きなタイミングで相手に投げられる。もらうほうの相手はたまったものではないだろうが、玉が小さいうちならダメージはそれほどでもない。

ところがこの玉は、作った奴の予想を越えてどんどん大きくなることがある。玉を作ってはみたものの、気がついたら「やべーよ、こんなのぶつけたら、○○先生死んじゃうよ…」というぐらいの破壊力を持ってしまうと最悪だ。大きくなってしまった元気玉は、もはや制御がきかなくなってしまう。

大きくなった玉は、作った奴の頭上から天井に達し、そのうち部屋いっぱいになる。玉に悪意を分け与える人間も増える。上級生だけではなく他の病棟スタッフ、看護師、はては他の研修医も悪意を分けてくれるようになり、玉は加速度的に大きくなる。

元気玉は実体化を始める。その部屋のほかの上級生にも見えるようになる。

相変わらず○○君ネタの話題は盛り上がる。彼の悪口を考えると、次から次へと発想が湧く。でも、なんか最近、部屋の雰囲気が黒いな…。
こうなってくると、天井に巨大な爆弾を吊るした中で生活するようなものだ。部屋の空気は徐々に重くなり、皆何かにおびえるように○○君の話題だけが続く。

1回出来てしまった元気玉は、もはや小さくすることが出来ない。 こいつは実体など無いくせにラプラスの法則に従う。大きくなるほど破裂しやすくなり、終いには自分から破裂する相手を探すようになる。

たいていの場合、大きくなった元気玉は狙いがそれる。病棟で何かドジを踏んだ研修医、ベテランの逆鱗に触れた上級生などがこの玉を破裂させ、玉のエネルギーを吸収してしまう。ダメージは大きいが、もともとの悪意の対象ではないので致命的なものにはならない。だがこれが、当初意図したとおりに対象となった研修医本人に命中した場合は悲惨だ。何しろ「元気」を分けているのは病棟全員だ。味方もいない環境で、致命的なダメージを与えてしまうことがある。

自分は、こうした「元気玉」を作ったことも受けたことも、作った玉が自分の上で自爆したこともあるが、とにかくこの玉は制御が難しい。

これから数ヶ月、多分日本中の研修病院で大小さまざまの「元気玉」が作られるだろうが、あまり大きくなりすぎないよう気をつけることだ。

お約束で、やはり悪は滅びる。手に余る大きさの玉が、自分の頭上で自爆したときのダメージははかりしれない。

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2005年3月17日

鉄火場を乗り切る言霊

救急病院の病棟は急変が多い。

胸痛精査で入院した患者がショック状態、PCI中の患者のVf、喘息患者の急変などなど。

患者の急変は予想できない。後から振り返れば予兆はあったのかもしれない。「そんなこと、予想しておくのが常識だよ」などと、当事者でない人は言い放つのかもしれない。「常識」などというものは、所詮観測された事実を合理的に説明した論理に過ぎない。後知恵でものを言われても、現場はむかつくだけだ。

急変中は、どうすればいいのかを調べている時間は無い。とにかく悪くなっていく戦況を立て直し、その場にいた人たちの知識を結集して原因を考え、治療を行っていく。決断を迷っている時間はない。

急変の現場に参加した人は、どうすればいいのかを全員で考える。頭フルに使うのは、参加した人間の義務だ。一方、そういった意見の中から「正しい」と思われる選択肢を決定するのは、その場を仕切るリーダーの役割になる。ものすごいプレッシャーがかかる。

議論は心マ中、挿管中、あるいはPCPSを入れながら、たいていは意識のない患者さんの胸の上で行われる。ノルアドレナリン、ボスミンといったカテコラミン類の静注が行われる中、参加したメンバーの血中カテコラミン濃度はそれ以上に上がる。

こういった鉄火場での議論の作法は、通常の病棟での議論とは全く異なる。病棟での日常業務に対比すると、急変の鉄火場は非日常の空間だ。特別な場所では、普通に話されるような言葉であっても特別な力を持つ言霊に変化する。こうした場では、言葉には物理的に証明できない、何らかの力が宿る。

急変の鉄火場では言葉を不用意に使うべきではないし、言っていいことと悪いこととに注意しなくてはならない。

個人的には、こうした急変時には以下のようなことに気を使っている。例によって、個人的な意見のみ。正しいのかどうかは分からない。

うまくいっている状態を報告しつづける
急変の最初期には、とにかくバイタルを安定させるためにあらゆることをやる。診断は二の次になる。このときの初動でつまずくと、リーダーをやっている医師の気分は最悪になる。リーダーを支え、冷静な決断をする力を強化するのは周囲の人間の同意である。

血圧のわずかな上昇、上昇していたSTの正常化、SpO2の正常化等、たとえそれがわずかな変化であってもよい方向の変化であればすぐに報告をあげ、「周囲はリーダーの決断を支持している」というメッセージを送りつづける。

悪い情報は入れない
鉄火場では、正しい情報なら何でも入れればいいわけではない。悪い情報は、リーダーの思考回路を混乱させ、冷静な判断を狂わせる。だいたい、「血圧戻りませんね…」「呼吸止まりました!」などと報告されても、リーダーだって「上げろ」「挿管しとけ」以外の返事が出せるわけが無い。

否定的な変化の情報は、それだけを報告しても何らいいことが無い。否定的な変化を見た場合は、まず自分で出来る範囲での対策を考える。リーダー以外の人間は、急変した患者さんに対して「他人事」で思考することが出来る。たとえリーダーよりも知力が劣っていても、あるいは正解に近い対策が打てるかもしれない。

「血圧が触れません!」と報告する代わりに「ノルアド打ちましょうか?」「心マしましょうか」といった解決策を提案する形でネガティブな情報を入れる。それがたとえリーダーの意思に反した提案であっても、リーダーの決定案の叩き台になるだけでも解決策を提案する価値はある。ただし、時間の全く無い状況なので、こちらの出す提案も一瞬で考えなくてはならない。

本質でない問題はリーダー抜きで解決して報告する
何が本質なのかを問われると返答のしようが無いが、たとえば心臓マッサージになった患者さんの救命処置においては、心臓の問題は本質であっても気道の問題は本質ではない。

心臓が止まれば呼吸も止まる。挿管してバッグをもむのは自明なので、「挿管します」「挿管チューブの位置の確認できました」の2語のみリーダーに報告し、後の判断は気道部隊が自分達の責任でやる。

リーダーはその間、全体の指揮と心臓の治療という、問題の本質に専念できる。

解説者にはならない
鉄火場に不慣れな奴に多いのだが、リーダーの決断に対して「これは先生、○○を想定しているんですよね」とか、「ところで先生、この疾患の除外は行ってます?」などと解説者面して議論に参加してはならない。

鉄火場に集まった医師は、文字通り火のようになっている。そこに水をぶっ掛ける奴は必要ない。絶対に誤解されると思うのだが、冷静に考えるのと「場」の温度を下げるのとは全く違う。格闘家はリングに上がる際には熱くなっているが、冷静である。

行動学の話で行くと、通常の病棟での議論はJ.RasmussennのSRKモデルで言うところの知識ベースで行われるのに対し、急変の現場では、医師はルールベースからスキルベースのレベルで対処を行っている。ここで他人事のような質問を出されると、リーダーの頭が知識ベースのレベルに強引に戻されてしまい、とっさの対処が遅れてしまう。

鉄火場で冷静に考えられる余裕があるなら、もう少し冷静になって、自分の考えた解決策を「当事者の一員として」リーダーに提案する。リーダーに「解答」を求めるような、突き放した態度で質問をしてはならない。

あきらめない
急変時のこうした気遣いは、つまるところチームは絶対にあきらめない、患者さんは絶対に治るとチームに暗示をかけつづける行為に他ならない。

チームが患者さんの未来を信じられなくなったら、間違えなくその人は死ぬ。

暗示の外に出てあきらめるのは、チームリーダーにだけ許される行為だ。

それ以外の人間は絶対にあきらめてはならない。

「あきらめませんか?」などとリーダーに進言してはならない。そんなことをするぐらいなら、黙って心マの手を下ろしてERから出て行ってくれたほうがまだましだ。

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2005年3月15日

相手からの信頼を得る

病棟で初対面の患者さん、またはその家族との交渉を行うとき、まず行わなくてはならないのが相手との信頼関係を築くことだ。相手からの信頼を勝ち得なければ、入院後の患者さんとの会話はぎこちないものになり、こちらの下す決断の全ては疑いを持って見られることになる。

マスコミのネガティブキャンペーンのせいで、医師の行う行為全てに対して疑いの目を向ける人は増えた。しかし、その現状を嘆いている時間があったら、疑いの目を乗り越えて信頼関係を築くノウハウを積み上げることだ。

お互いが疑心暗鬼の状態で行う治療は、トラブルを生む危険が高くなる。不必要な緊張感はかえってミスを誘発し、通常は問題にならないような些細なトラブルも、非常に重大な結果を生んでしまうことがある。ミスをしないように注意するにこしたことは無いが、疑心暗鬼の状態を解消できれば、不要なエネルギーを費やさなくて済むかもしれない。

以下、警察の人質交渉人のノウハウから改変。

敬意を表す
相手との信頼関係を築く最良の方法は、敬意を表すことだ。見下したり脅したりしてはならない。「おじいちゃん、こうだからね」といった親しげな口調は、ときにはうまくいくことがあっても、一定の確率で相手に不快な印象を与えかねない。丁寧な口調は相手との距離を一定以上に詰められない(これは欠点でもあるが利点でもある)が、一方で無難で確実ではある。

患者さんを○○さんと呼ぶ
患者は、「患者さん」などという「もの」ではなく人間だ。彼らは人間であって、無生物や駆け引きの材料ではない。

あえて「患者さん」という突き放した言い方をすることで、患者さんの家族の患者イメージを変化させるテクニックもあるのだが、まずは無難な方法を選択すべきだ。

約束を守る
嘘をつかない。約束をしたら必ず守る。患者さんと何か約束をして、それを果たすことを繰り返すことで信頼関係を醸成する。まずは研修医が守る自信のある小さな約束(食事内容を変更する、緩下剤の量を調節するなど)を守ることからはじめ、信頼関係を作っていく。

相手の話を聞く
ただ聞く。余計な話をはさんだり、反論したりしない。聞くのにもっとも難しいのは、頭の中の先入観のフィルターを取り去ることだ。相手が医者を信用していない、という話をはじめても、最初は反論せずにただ聞く。言い出してすぐに反論して黙らせても、敵意を強化されるのがオチだ。

会話で大切なのは、相手がこちらにどう写るかを話すことだ。たとえば、「気が滅入っているんですね」と言う代わりに「気が滅入っているように見えるのですが」と話すようにする。疑問形を多用する話しかたは、高圧的な感じが少なくなる。

信頼のゴールは100%ではなく51%である
「信頼」と「不信」との比は、51:49となれば十分である。

相手からの信頼は、100%まで取り付ける必要はない。そんな時間は無い。仲良くなることは悪いことではないが、家族ぐるみのつきあいをしてはならない。医者が患者さんから必要以上に頼られてしまうと、その信頼が壊れたときに信頼が憎悪に変わることがある。

医師は必ず複数の患者の主治医になる。誰かの希望を優先させるとき、別の誰かの要望を裏切らざるをえないときは必ずある。このとき、裏切る対象となる患者は「自分だけは特別」という思いを抱いてしまっているかもしれない。

つまらないプライドを捨てる
攻撃は、常に研修医の自尊心に対して行われる。

「先生のその話は、主治医の意見として考えていいのですね?」
「先生は、私の主治医ではないのですか?」
「私は先生だから、お話しているんですが」

こうした文脈で何かの言質を取られそうになっても乗ってはならない。なんだかしっくりいかないと感じるような態度は、必ず上級医と相談する。

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2005年3月14日

有名病院研修医の予後が不良なことについて

有名病院で研修を受けた研修医が他の病院へ移ると、あまり幸せになれないことがあるらしい。

自分が研修を受けた病院は有名でもなんでもないが、卒業後の研修医のその後が、必ずしも幸福なものではないことは伝わってきた。うちだけかと思っていたら、よその病院でも同じだった。

臨床一直線の研修病院の後期研修は楽しい。病棟スタッフも全て顔見知り。研修医も自分と同じシステムで教育されるというアドバンテージは大きく、3年目以降の仕事の進みかたは信じられないほどスムーズになる。調子のいいときは、病院全体のシステムと自分の思考との区別がつかなくなるぐらいに物事がうまく進み、まるで自分の手足が病院そのものになったような気分になる。

この居心地のいい数年間を体験した後、研修医は外の世界を見たくなる。自分は今の病院では(自分的には)かなりうまくやっている。この力が外の世界でどこまで通用するのか、ぜひとも見てみたい。もっと自意識過剰な奴は、外の病院の同級生を教育しなおしてやろうというぐらいの気概で外に出る。

実際に外の病院に出てみると、まずは周囲の自分に対する無理解に唖然とする。

本当は、以前の病院のスタッフが自分というものを理解してくれ、不完全な指示であっても適当に補ってくれていただけだったのだが、鼻高々で外病院に出てきた卒業生にはそれがわからない。「どうして自分の意見を聞いてくれないのだろう?この病院レベル低すぎ。」こんな思考が頭をよぎった時点で、その卒業生のその後は不幸になる可能性が高くなる。

実際のところ、研修医個人の資質ほどには、研修病院のシステムの差は「医師の優秀さ」には効いてこない。研修医が5人いたとして、上1人はどこの病院にいてもすごい医師になる。下一人は、たとえ日本で一番優れた研修病院で研修したとしても、やはりそれなりの医師にしかなれない。システムの差が影響するのは真中3人だけだ。

病院ごとシステムの差は、研修医と言う「製品」を世に送り出す際の歩留まりの差として効いてくる。品質の高い研修システムを持つ病院は、そこそこの性能の研修医をより高い確率で作り出せる。一方で、出来上がった「製品」のクオリティには、研修医が思っているほどの差はつかない。

例えばそれが鉛筆であれば、日本の最高級品と北○鮮製の安い鉛筆とでは、品質に差があるかもしれない。たしかに後者のほうが書き味が悪く、折れやすい。それでも鉛筆は鉛筆だ。普段メモを取る分には、どちらを使っても何か致命的な差を生じるわけではない。

閑話休題。自分が優秀な人間だと信じている研修医は、周囲の無理解(本当は自分のプレゼンテーション能力が自分が思っていた以上に低いだけ)を周囲のせいにする。この病院はおかしい。自分のいたところの常識が全く通用しない。異世界だ。

人は異世界に放り込まれると、自分の経験よりも、自分が信用できる他の人間が経験したことを優先して信じるようになる。環境が変わった瞬間の人間は、あらゆる考えを無批判に受け入れざるをえない。

周囲が自分という人間を受け入れてくれないなら、すでにその世界で受け入れられている人の言うことを聞くしかない。それがどんなに間違って聞こえようと、自分の主張したことが鼻にも引っ掛けられないのなら、自分の意見は正しい意見にはなりえない。自信がどんどん無くなっていく。

新しい世界の知識が積み重なっていくと、いままで信じていたものと、新たに学んだこととの間に衝突が生じる。ところがこの時点で自分に対する自信を失っていると、研修医は非常に落ち込む。

自分は以前の病院で間違ったことを教えられた。今またここで、必ずしも正しいと思えないことを「正しい」と教えられている。

新しい病院での教えを本人が受け入れれば、その研修医は自分の人生において、2度も他人が下した重大な決定を受け入れざるを得ない立場に追い込まれる。これはかなりつらい。

教えを受け入れるのは、負けることだ。だれも負け犬になりたくない。本当は勝ち負けの2元論的な暗示にとらわれている時点で、すでに認知がゆがみ始めているのだが、こういう状態に追い込まれた奴は暗示の外に出ることなどできやしない。

研修医はこの時点で何を信じていいのかわからず、抑欝的になったり、あるいは新しい病院のスタッフに対して攻撃的になったりする。何を信じていいのか分からなくても、仕事をしないと給料はもらえない。自己矛盾に落ち込んでも、スタッフからの命令には無批判で従わざるをえない。無力感を感じる。自己解体がはじまる。

「普通の」病院、大学の系列病院で研修を受けた研修医、母校の大学病院に戻ってきて、同級生の多くいる研修医では、こうした問題は生じない。スタッフの「ノリ」が同じであったり、あるいは「仲間」が最初からいたりするため、新しい病院のスタッフから「この人はこんな医師」と分かってもらえるまでの時間が短いからだ。

有名研修病院から知り合いのいない外病院に移ってきた医師は、転職先のスタッフから、自分の人となりを分かってもらえるまでの期間が非常に長い。この不安定な期間に疑心暗鬼になり、自ら潰れていく。

受け入れられるためには、何かのきっかけが必要だ。何か特定の疾患に非常に詳しい、病院中でその手技をこなせるのが自分しかいないなど、何かの自分だけの売りがあれば、自分という人間を受け入れてもらうのはたやすくなる。この部分でも、「何でもこなせる医師」としての教育を受けた研修医は不利になる。

自分の場合は、呼吸器の回路組と栄養剤の知識で病棟内での立ち位置を得た。

前の病院で、一般内科研修後に循環器へ。一応PTCAも何とか一人でできる。内視鏡もできれば呼吸器の調節もばっちり。胃の亜全摘の術者もできる。俺って天才?本当は「できる」ことと「やったことがある」こととは全く違うのだが、当時は今以上にバカだったからそんなことは分かる訳も無い。同年代の研修医の中でもきっと自分は優れた医師に違いないと思い込み、大学病院へ。

今にして思えばあたりまえ以前のことなのだが、循環器内科に入った以上は内視鏡ができることは何のアピールにもならない。手術なんてもちろん必要ない。15年目、20年目クラスのベテランの前では、研修医のカテの腕前などどんぐりの背比べもいいところ。自身満々で乗り込んで、そこで初めて自分には何もアピールできるポイントがなかったことに気がつき、もう落ち込みまくり。

なんとかつぶれずに済んだ秘訣は以下の2つ。

スタッフドクターが自分の出自に興味を持ってくれ(ふりをしてくれただけだったのかもしれない)、自分の経験を否定せずに話を聞いて下さったこと。自分に唯一アピールできたこととして、病棟に「ゴミ」として余っていた呼吸器回路の部品から完成品を再生できたことと、経腸栄養製剤に妙に詳しい知識を持っていたことに、病棟ナースが関心を示してくれたことだった。

両方とも自分がアピールしたいと思っていた技量、知識とは何の関係もない、ほんのついでに覚えた知識。当然詳しいわけも無く、単にカタログどおりに回路を組めたり、メーカーのパンフの栄養量を覚えていたりとする程度。しかしこれがきっかけになり、「一般内科も詳しい循環器」として売り出す計画が見事に潰れた後も、「経腸栄養に詳しい面白い医者」として再デビューを果たすことができ、なんとか今まで生き延びることができた。

どんな知識でも、研修中には身につけて損になるものは無い。何が幸いするかわからないものだ。

2005年3月13日

地雷があったら踏んでみる

地方病院への急な派遣は厳しい。

不慣れな施設でいきなり救急業務をはじめる不安。バックアップ体制の不備、もし万が一のことがあっても自分をカバーしてくれるスタッフはもちろんいない。

歴代の先輩医師も、地方への派遣は皆「きついよ~」と言う。彼らはもう自分の仕事が忙しすぎて、こうした派遣業務要員としては対象にはならない。結局、何年経っても厳しい仕事は若手のものだ。

つらい、厳しいと分かっている仕事にむかうのは、地雷を踏むようなもの。 吹っ飛ぶと分かっているものを踏む奴はバカだ。

厳しい病院への派遣依頼は、もちろん断ることができる。断ったところで別に首になるわけじゃない。もともと人の少ない民間病院組織だし、若手がごねれば、上層部には何の強制力も施行できない。

そのことは誰もが分かっている。にもかかわらず、こうした厳しい派遣依頼を断るレジデントはいない。

こうした移動の依頼は、内科の部長から言い渡される。部長のやり方はこうだ。

ほら、地雷だよ。前から踏みたがってたろう?君なら踏めると思うんだ。

こういって部長が地雷を目の前に置く。

これは地雷。踏んだら火だるま。

それを分かっていても、若手はとりつかれたように地雷を踏み、 何ヶ月かしてからボロボロになって本院に戻ってくる。

さらにしばらくして、部長はレジデントにまた地雷を差し出す。爆発のすごさも、 火傷の傷の痛さも体が覚えているはずなのに、レジデントはまた地雷を踏んでは火だるまになる。

地雷が地雷であることを隠さない方法論は、強力に人を動かす。

病院内では、地雷を踏んで怪我をした奴は「地雷を踏んでも生き残った奴」として名誉と賞賛を得る。たかだか300床程度の中規模病院の中での賞賛など、たかが知れてる。それでも、周囲からの賞賛の声というのは地雷を踏むときの強力な後押しになる。

求む男子。至難の旅。僅かな報酬。極寒。暗黒の長い日々。
絶えざる危険。生還の保証なし。成功の暁には名誉と賞賛を得る 
アーネスト・シャクルトン

広告史でもっとも有名なこの求人広告は、1900年、イギリスの南極探検家によるもの。 新聞の片隅の、ほんの小さなスペースに掲載されたにもかかわらず、応募は殺到したという。

名誉は人を勇敢にし、正常な判断力を失わせる。

小児科や産婦人科だってそうだ。たぶん自分の今いるところも。医師免許を1枚持ってさえいれば、 もっとリスクが少なく、収入も多い職場はいくらだってある。 それでもある種の医師は敢えてキツい職場にいく。

名誉といっても、別に勲章がもらえるわけじゃない。周囲のほんの数人、あるいは実態のない「世間」みたいなものから「たいへんだね〜」と言われたいだけ。

下らないことかもしれない。たぶんそうなんだろう。

それでもそうしたわずかな賞賛の声さえあれば、 仕事中毒の医者は喜んで厳しい環境で睡眠時間を削る。

地方国立病院の救急医療に従事する医師、産婦人科や小児科医療に携わる 医師の不足が叫ばれている。この解決策として、医師の待遇の改善や労働時間の 短縮を叫ぶ人たちは、こういったキツつい環境で働く連中のことを理解していない。

こうした職場で働く人が減ったのは、別に待遇が悪くなったからでも、賃金が安くなったからでもない。

勤務時間が1日20時間になろうと、賃金が今までの半分しか出なくなろうと彼らは辞めない。

事務方のトップから「申し訳ありません。これしか給料でません」の一言があれば、彼らのやる気は倍増することはあっても辞めようなどとは考えもしない。過労死するかもしれないけれど。

厳しい職場で働く医師を辞めさせたのは、厚生省をはじめとする事務方の 上層部が末端の医師に名誉を与えなくなったからだ。

なにも医者を心から尊敬しろ、産科の医師が出勤するときは赤じゅうたんで迎えろなんて言っているんじゃない。

裏でバカ扱いしたってかまわないから、口だけでも「大変ですね。頑張ってください。」と一言言ってくれればそれで十分。

以前はこれがあった。今は何が惜しいのか、仕事バカに対して「バカですね」といわんばかり。

  • 小児科は不採算
  • 医師の実数はデータ上は余っている
  • 産科は当直じゃないんだから、オンコール扱いでいいですよね?
  • 給与明細は2階の事務室までハンコ持参で取りに来ないと渡せません
  • 駐車場が少ないから、先生近くの有料駐車場借りてくれませんか?

こうした一言一言が、名誉だけを支えに頑張っている連中にボディーブローのようにダメージを与える。名誉だけで笑って過労死できる仕事中毒の医者は、今も昔もたいして実数は変わっていない。変わったのは職場のほう。

公務員と付き合うのはものすごいエネルギーを消費する。

非常に空しい思いにかられる。それでも、「国立」だから、「市立」だからという名誉だけを支えに、医師はきつい職場を支えてきた。こうした医師が、いまどんどん辞めている。「国」とか「公」とかいった言葉に、もはや誰もが何の尊敬も抱けなくなったから。

すでにお互いの信頼関係は地に落ちている。いまさらうわべだけ誉められたところで、誰も元の職場に戻ろうなどとは思わない。かといって、国家予算のどこを叩いても、忙しさに見合うだけの金銭的な報酬など、出てくるわけも無い。

失われた名誉を取り戻す方法は、自分は知らない(少なくとも、「無い」と習った)。

どうすればいいのだろう。

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2005年3月12日

忙しい病院の思いで

中小規模の病院では、スタッフが数人辞めるだけで病棟業務が回らなくなる。

一般内科をやっていた頃は、なぜか周囲の病院がよく潰れかけ、そのつどヘルプ要員として駆り出された。

こうしたときに昔からとられてきた方法はこうだ。まずは入院患者を一定数以上は断り、職員の負担を抑える。さらにスタッフクラスの医師が何人かで出向し、外来患者を引き継いでしまい、病院の仕事の流れを安定化させる。ある程度病棟が安定してきたところで応援の研修医を派遣してもらい、病棟業務を徐々に増やしていくのだが、スタッフも自分の病院のことがあるので長くは仕事は出来ない。

スタッフが引き上げてしまうと、外来業務も病棟も、残された研修医の仕事になる。

患者さんの状態は正常な流れから徐々に外れていき、また研修医の疲労も増してゆく。この頃から新しい常勤スタッフが来てくれるまでの期間は、死の中間地帯である。たとえ助けを呼んでも、スタッフが来るには半日かかる。元の病院に電話で泣きついても、「頑張れ」の激励のみ。潰れたくなければ頑張るしかない。

患者さんの要求水準が低い時代には、なんとかなった。少々の業務の穴は問題にならなかったので、あとは根性で突っ走れば、ある程度の犠牲者は出るものの、なんとか次のスタッフまでの期間、病棟を持たせることは可能だった。

古い時代の地方病院はみなこうしたやり方だった。スタッフが一番前に出て範を示し、研修医がそれに続き、落伍する奴は潰される。勇気さえあれば成功した。

しかし、時代とともに医療機関に要求される水準は引き上げられ、伝統的なやり方では研修医はスタッフの到着前にみんな潰れてしまうことが多くなってきた。

自分が派遣された頃は、もはや危なくて研修医など派遣できない。誰もいない状況で一般内科一人。どだい無理な状況だった。

それでも患者はやってくる。もともとその病院にいた研修医が何人か壊れても、いまだに後任の常勤医師は見つからないということで、病院長代行(とにかくえらい人)が視察にやってきた。

この人の指令は明快だった。「とにかく病院を黒字にしないと、常勤医師は見つからない。病棟をいっぱいにして、業務を活性化しよう。」忙しくなる分の業務は、自分が責任を持つと。

責任をとるというのはばっくれることだった。ある日、近所の老健施設から10人もの患者がいっせいに入院。院長代行はおらず、病棟ナースもそんな話は一切聞いていなかった。ソーシャルワーカーだけは事情を知っており、とにかくベッドを埋めるために院長代行が周囲に声をかけていたらしい。

病棟に行ってみると、急な転院で猜疑心ありありの家族の顔がいっせいにこちらを向く。恐慌状態になって院長を探しても、「病院長とは連絡が取れません」の一点張り。

もうこんな病院、今すぐにでも辞めてやると何回思ったことかわからないが、あまりにも状況が理不尽だと、不思議と辞めるという選択肢が自分の中になくなる。

もしかしたら元の病院の院長が何か秘策を考えていてくれるのかもしれない、今ここで自分が辞めると、自分はもうだめになる、一度くじけたら、もう一生だめだ、いくらヘルプを申請しても通らない、自分は嫌われているのかもしれない……

もう認知はゆがみまくり。このときばかりは過労自殺する人の気持ちがよく分かった。

人間テンパって来ると、価値観がめちゃくちゃになる。別にこんな理不尽な環境、いつ辞めて帰ってもかまわないはずなのだが、不思議とそうした選択肢は自分の中では一番最後に回される。ここをやめるなら死んだほうがましだ。全然そんなことは無いのに。

冗談抜きで寝る間もないような環境が約3ヶ月。何とか後任の医師は見つかり、病院は傾かずに今でも続いている(はずだ)。

その間に潰れた研修医3人。申し訳ないとは思ったが、自分の身を守るだけで精いっぱい。彼らの仕事を分担するだけの力は当時の自分には残っていなかった。

元いた病院の研修医に声をかけてこちらに来てもらうよう、何度も院長代行から命令されたが、それだけは突っぱねた。何も残らない期間だったが、唯一自分を誉められる部分だ。

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2005年3月11日

研修医制度見直し